MOVIE 11
【591-600】
リチャード.ギア、ローラ.リンネイ、ジョン.マホーニー、アルフレ.ウッダード、フランシス.マクダーマン、エドワード.ノートン、テリー.O.クイーン、アンドレ.ブラウアー、スティーヴン.バウアー、ジョー.スパノ、トニー.プラナ、スタンリー.アンダーソン、モウラ.ティアニー、グレゴリー.ホブリット(D)/1996/130′/97.9.17
シカゴで行われたカトリック.チャリティ.パーティで再会するマーティン.ベイル悪徳弁護士とジャネット.ベナブル有望検事。彼らは検事局時代の上司と部下で更に男女の関係でもあった。やがて二人はこのカトリックを巡る見えない運命の糸のために法廷で争うことになる。その事件とはパーティの主催者で聖ミカエル教会のラシュマン大司教が自宅でめった刺しの上、惨殺されたというものである。その直後に犯人と思しき男が現場から逃走したが直ぐに逮捕された。彼の名はアーロン.スタンプラーといい、未だ19歳の少年だった。この報道を見たマーティンは即刑務所を訪ね、アーロンの弁護を無償で買って出る。彼が聞くところによるとアーロンはあの日、大司教の地下室に本を返しに行っただけであると無実を主張した。しかも大司教は彼にとって父のような存在だと言う。このカトリックの大司教が殺された事件は世の中に大きな波紋を投げ掛け、世論やマスコミは既にこの少年を犯人と決め付け、その人間を弁護するマーティンも非難を浴びた。そんな中で彼は早速自分の事務所に戻り、裁判に備えて所員のトミーとナオミに的確な指示を出し、捜査させる。一方、検事局はショーネシー州検事によりジャネットがこの裁判の検事に任命される。二人は法廷でジャネットはアーロンの第一級殺人を主張し、マーティンはアーロンに黙秘することを指示した上で精神鑑定を要求する。この裁判が進む中であろう事か大司教の汚れた所業が暴かれ、そしてアーロンの精神が解剖されるに従って事件の本質に迫って行くかに思えたのだが...。今の流行りとも言える多重人格を扱った裁判物という事で話の筋や展開自体には特に目新しいものがなかった。通常の如くに飄々と演技をこなし、女たらしであるマーティン.ベイル演じるリチャード.ギアも同様である。ただ、彼が検事局を辞めた理由を語るセリフ「仕事で良心を汚すまい」という言葉を本日逮捕された山一証券の元社員に捧げたい。彼らは会社の良心に従ってしまい、己の人間としての良心を汚してしまったのだ。それと弁護士として彼の「人間は基本的には善人」という信念も最後のドン伝返しで見事に裏切られてしまう。けれど、弁護士としてはそう思わなければ悪人達の弁護など出来るものではないだろう。でも、私は本質的に「人間は悪人である」と思う。それを自己の人生で他人との関わりの中で自分なりの原則を見いだしていくことにより幾つ良心を獲得出来るかが命題である。良心も悪心もおそらく一つだけでは人生を乗り切れないであろう。最後のシーンのリチャード.ギアの少年に対する戸惑いの表情はそれを裏付けるものである。それでも映画全体としての出来は極普通である。あと、これは個人的な趣味として話の筋とは全く関係ないがナオミに扮していたモウラ.ティアニーの法廷に於ける可愛らしいボス思いの表情が印象的であった。
@タバタクの採点 3.01/5
ウーピー.ゴールドバーグ、ジェラード.デパデュー、ハリー.ジョエル.オスメント、アンドリア.マーティン、ナンシー.トラヴィス、デニス.マーシャー、ウテ.レンパー、シェリル.リー.ラルフ、ノーマン.ジューイソン(D)/1996/112′/97.9.18
ラスヴェガスにて-電話を通じて話す母ロレインと幼い息子アルバートの愛に溢れた会話。このミラージュ.サーカスの劇団員の母とその仕事に凄く興味がある息子の仲はあっけなく自動車事故によって裂かれ、アルバートは青い空に白い鳩の羽ばたく母の葬儀の中で独りぼっちになってしまう。母と語らった作文を読もうとする息子にサーカスの仲間達のすすり泣きが聞こえる。彼のことを思い、天才魔術師のアントワーヌとバベットを中心に彼らはアルバートの里親を捜す。そして、ニュージャージー州ニューアークというところでホテル・レストラン向けの用品店を経営していたハリエットという黒人女性を見つける。実は彼女は幼い頃、ロレインの家へ里子に出されていたのである。その伝を辿って彼女と連絡を取ったが仕事一筋でやってきて子供嫌いのハリエットは猛烈に受け入れを拒んだ。一方のアルバートもサーカスに残りたがっていた。だが遂にサーカスの仲間達は二人を何とか説き伏せ、アルバートをハリエットの元に送り込むことに成功する。その行きの飛行機でアルバートは不思議な体験をする。なんとスケッチブックに描いた絵がトイレで大男に変身してしまったのである。大男はボーガスと名乗ったが実は彼の姿はアルバート以外の人間には見えなかった。ボーガスは想像のお化けだったのである。結局、アルバートはボガードを引き連れて、ハリエットに会うことになる。しかし、最初の出会いから二人は反りが合わず、その後も喧嘩を繰り返す、その度に側にいたボーガスは「いい友達になれ」とアドバイスするのだがどうも一筋縄では行かない。そしてハリエットの仕事のために子守にアルバートを預けた時に事件は起こった。新聞で偶然にアントワーヌとバベットの記事を見つけたアルバートは彼らにどうしても会うために家出を敢行する。そして出来ればそのまま、サーカスに潜り込めればとも考えていた。その時も彼の傍らにいたボーガスはアルバートを引き留め、ハリエットのところへ帰るように説得するのだが彼はその忠告を無視する。そこへ連絡を受けたハリエットが現場に飛んでくるのだが...さて、二人の仲は...。私はウーピー.ゴールドバーグの大ファンだがこの作品に関しては子役であるアルバート演じるハリー.ジョエル.オスメントの実に嫌みのなく、しかも賢い演技に感銘した。彼にはハリエットに扮した芸達者のウーピーもかなり喰われていた部分があった事は否めない。それとボーガス(偽物という意味)演じるジェラード.デパデューはグリーンカードでもそうだったが表情がシリアスな役をやってもコミカルな役をやっても何故か両方とも憎めないという特徴を有している。非常に彼が出てくると場面が和むのである。かと言ってあの巨体を利用すれば迫力を出すことも充分に可能である。なかなか得難いキャラクターかもしれない。この三位一体の演技と絡みで下らなくなりそうな内容を見事なフィルムまで仕上げたと思う。それにしても幼い子供が親に一番愛情を感じるのは自分が話をしたい時に真剣に聞いてくれることなのではないか。日本の親はこの映画を見て、反省し、そしてその事実を確認して貰いたい。その上で親子一緒に観賞することを強く奨める。
@タバタクの採点 4.03/5
ロバート.デ.ニーロ、ジェニファー.ウォーレン、ジェレッド.ミッキー、テレイン.クロウフォード、マーティン.ケリー、アンソニー.シャルノタ、リサ.ブラウント、シビル.ダンニング、ジョン.C.ブロデリック(W,D)、ジョン.シェイド(D)/1979/92′/97.10.4
日本未公開作品。英語版ビデオにて観映。1969年にその男の弟サムは受話器を置いた途端何者かに殺された。その男の名はヴィート.ニコレディといい、1979年にある罪を償い、出所した。彼は弟と母親の墓石に未だ捕まらない殺人者に対する復讐を誓う。だが、弟の殺人には裏があったのである。その当時、サムはある凶暴なギャング達との付き合いがあり、これからも良く計らって貰おうとそいつらの顔を立てるために自分の友人達に近づき、あるクルージングのパーティに参加するよう頼む。友人らが拒もうとすると策略、罠あるいは脅しを掛けたりまでして参加を強要した。そして、仲間を集めた二つのファミリーは遂に船上で乱痴気騒ぎとも言うべき、パーティを開催。兄ヴィートは執念で弟が生前に行ったこの事実にまでたどり着くのだが...。18年前の映画にしては最初の場面を除いて、フラッシュバックでしか出てこないデ.ニーロが異常に若いように感じた。主演は彼になっているがこれはヴィート演じるジェニファー.ウォーレンの映画であろう。だから、もしかすると日本でも人気があるデ.ニーロの作品でありながら発表されなかったのかもしれない。このビデオは友人から借りたもので面白くないとの事だったがB級映画とすればそこそこ楽しめると思う。しかし、登場する女性陣が古さを醸し出している。顔、メイク、ファッション、プロポーション等のどれを取ってもアメリカ的バービー人形風で個人的には絶対に好きになれない。何でこんな事をと思うかもしれないが女性というのは映像を形成する上で重要な要素だからである。それがこの程度では...という感じがする。この辺りは賛否両論あると思うが私はそう思う。それとこの英語版ビデオに記載されているコメントが滑稽である。「最初から驚愕のラストまでノン・ストップ・アクション」これは看板に偽りアリである。それなりには楽しめるが実際にはアクション映画ではない。映画のコメントとは日本もアメリカも失笑を誘うものなのか?
@タバタクの採点 3.04/5
松田優作、石橋凌、手塚理美、片桐竜次、平沢智子、剛州、梅津栄、加藤善博、工藤栄一、野瀬哲男、ポール牧、石橋蓮司、小林稔侍、阿木燿子、仙元誠三(撮)、丸山昇一(W)、松田優作(W,D)/1986/99′/97.10.5
ヤクザの抗争が蔓延り緊張する中、その男は突然、単機筒に乗ってジュクに現れた。そこのシマを取り仕切る大島組や浮浪者達は謎の男の登場に騒然となった。男の素性を知ろうと彼らは躍起になっていたが記憶喪失らしい男はそれを意に介していないようであった。そんな中で大島組の若衆の頭である山崎道夫が公園に野宿するその男を訪ねる。男は何故か山崎に仕事の世話を頼む。山崎は不思議な雰囲気を醸し出す男気に触れて、その男を自分が仕切るキャバレーのボーイにする。だが、男はそこで危機を助けた女を成りゆきで抱いてしまう。シマの掟を破った男だったが山崎は何故か彼を優しく匿う、そして男の名前を風(ふう)と名付ける。そんな折に大島組は組長以下藤江代貸、山崎など一同が集まる。その時に組長が対立する旭会組員に弾かれてしまう。山崎はいきり立つが藤江が一見冷静な判断をして彼を止める。藤江は山崎に頃合を見て、相手の副会長を殺せと言う。そんな藤江の考えに納得出来ない山崎は内縁の妻ちかの所に戻り、御飯を貪る。そんな気持ちが収まらないまま、彼はシャブの取引に向かう。車の中には何故か風が乗っていた。彼は山崎の手伝いを強引に買って出た。その効力は黒井組との取引を終えた後に表れた。風は両方のヤクザの車の前に立ちはだかる数十人の暴走族を一人で追い払ったのだった。二人はこの後、ずっと尾行していた福岡という刑事らに取り調べを受ける。だが、自白しない二人はやがて釈放される。釈放された山崎は組を捨て、組長の弔いに走り、そんな山崎を藤江は彼の舎弟にばらせと命じる。それと同時に見せしめのため山崎の愛妻ちかを犯す。その頃、風は記憶に住むという不思議な女占い師に出会った後、藤江に会い、彼から山崎をばらせと命令されるが逆に藤江を山崎に指一本でも触れたらと脅迫する。そして、遂に山崎は旭会会長を弾く。そんな彼は愛するちかが営む花屋の前で藤江が送ったヒットマン達に撃たれてしまう。その現場には風の姿が...。冒頭の風演じる松田優作の幻影的なオートバイの映像とビートの効いたBGMが印象的である。これはブラック・レインでリドリー.スコットが撮った大阪の街の映像と音楽に似通ったものを感じる。そして随所に挿入される花屋のちかに扮する手塚理美の初々しい表情と不可思議な女占い師演じる阿木燿子のショットが非常に効果的であった。役の中でもホステスに本番を迫る石橋蓮司はいつも通り酒に酔っていたのだろう。優作はこの映画で監督、脚本、主演の一人三役をやっているが彼が描きたかったのは人間を突き詰めていき、一つの完成系が実は人間ではなく、感情を持たないサイボーグなのだという問いかけではないか。それを映し出すには無国籍な雰囲気を持つ新宿というのは場面設定がピッタリはまっている。その映像(夜景)が揺れるシーンは無感情なサイボーグにも怒りを持つことがあるという事を示唆しているのだと思う。何れにしても風のセリフを出来る限り少なくして、ヤクザという最も人間くさい山崎に扮する石橋凌と絡ませることにより、場面展開によってのお互いの心理状態を見ている者に感じとらせるということに優作と丸山は頭と心を割いたのではないか。私の馬鹿な頭で想像出来るのはそんなところでしかない。しかし、含みを持たせたこの作品は優作のファン以外の方々にも是非観賞していただきたい。
@タバタクの採点 無限大
ケビン.ベーコン、ビリー.クルダップ、ロバート.デ.ニーロ、ロン.エルダード、ミニー.ドライバー、ヴィットリオ.ガスマン、ダスティン.ホフマン、テリー.キンニー、ブルーノ.カービー、フランク.メドランド、ジェイソン.パトリック、ブラッド.ピット、バリー.レヴィンソン(P,W,D)/1996/147′/97.10.24
マンハッタン・ウェストサイド「ヘルズ.キッチン」に息づく4人の少年達。彼らの運命は一本のホットドックから大きく変化する。1967年に悪友であったジョン、トミー、シェイクス、マイケルの4人はこの事件により過失傷害罪でウィルキンソン少年院に収監されることになる。この時、彼らに優しい眼差しを向けたのはミサの手伝いをした教会のボビー.カリロ神父、街のボスであるキング.ベニーとキャロル嬢だけであった。この中で元は街のチンピラだったボビー神父は少年院までわざわざ彼らを訪ね、面会もしていた。しかし、彼らはその頃、院内でノークスを筆頭とする看守達に惨い仕打ちを受けていた。看守達は権力を利用し、彼らに屈辱を与える性的虐待を始めとする様々ないじめを行っていた。しかも意に沿わないことがあるとノークス達のいじめは最高潮に達した。それがアメフトで自分達を負かした旗頭の黒人リゾを独房でリンチし、殺したことに如実に現れていた。潰えない忌まわしい思い出を抱いて、彼ら4人は1968年に出所する。そして13年の時が過ぎ、彼らはそれぞれの別の人生を歩んでいた。それがある殺人事件をきっかけに再び集結することになるとは。その事件とはあるバーで男が射殺された。その男を殺した容疑者の二人というのが若手マフィア組織を作った伝説の男達その実はジョンとトミーであった。彼らが殺したといわれた相手はあの忘れがたいにっくき看守ノークスだったのだ。この裁判はキングの音頭とりで行われたがどういう訳か弁護士はうだつの上がらないアル中とシャブ中のダニー.スナイダーという男を選択した。一方、親友を救うためにシェイクスとマイケルが密会した。何故かというとマイケルはその時、何と対立するNY地方検事局検事補であったが彼らの計画は殺人を犯したと分かり切っている二人を「無罪放免」することであった。だが、裏にはノークスに対する復讐の思いが募っていた。裁判に於いてマイケルは有能な検事を演じ、その上でダニーや周りをうまく巻き込み、次々に二人を有利な方向に導いていった。そして、証人として彼らに性的虐待を行った張本人の看守ファーガソンをうまく引きずり出した後は遂に切り札であるボビー神父が証言台に立つことになるのだが...。ケビン.ベーコン、ロバート.デ.ニーロ、ダスティン.ホフマン、ブラッド.ピットと現在のアメリカ映画を代表する男優が見事に顔を揃えた。その作品が面白くないわけがない?冒頭、この物語はビリー.クルダップ演じるシェイクスの語りで淡々と始められる。彼の話は少年院に入ったところから急展開を見せる。そしてこれを見守る役のボビー神父演じるロバート.デ.ニーロは主役でないということもあり、かなり押さえた演技を心掛けていたように思う。その他のノークス役のケビン.ベーコン、ダニー.スナイダー役のダスティン.ホフマン、マイケル役のブラッド.ピットも単体としてはそれなりの演技をしていたと感じたが余りにもお互いに遠慮しすぎた嫌いがあり、「ヒート」で見せたデ.ニーロとアル.パチーノの様な絡みのすごさが今一伝わってこなかったような気がする。これは穿った見方かもしれないが何か少年院出身の少年達(スリーパーズ)と今流行りの裁判物そして一流の俳優を組み合わせれば、商業的には大成功するだろうという安直な考えが見え隠れしているような感じである。そこに偶々ピッタリの原作があった。バリー.レヴィンソン監督、実はそんなとこなんじゃないんですか?この映画を私みたいに浅薄に観賞したくないのであれば、現代アメリカの少年院事情を少しは知った方が良いのかもしれない。
@タバタクの採点 3.24/5
ハリソン.フォード、ブラッド.ピット、マーガレット.コリン、ルーベン.ブレーズ、ジョージ.ハーン、ミッチェル.ライアン、ナターシャ.マケルホーン、ポール.ローマン、サイモン.ジョーンズ、アラン.J.パキュラ(D)/1997/112′/97.10.26
1972年北アイルランド-8歳のフランキー.マグワイヤーを含め食事をする家族団らんの中で漁師である父が政府軍らしき賊によって突然射殺された。被害者の父は政府と対立するIRAシンパであった。この状況でフランキーが数十年後にIRAベルファスト旅団に入ったのは必然だったのだろう。1992年9月彼らは再び政府軍と銃撃戦を繰り広げた。政府軍を「不法かつ非人道的」と断罪したIRAはある計画のためにフランキー、ショーンなど同志をアメリカに送り込んだ。彼らは身元を隠し、偽造パスポートで入国することに成功する。フランキーはローリーと名前を変え、トム.オミーラというアイルランド人で現在はNY市警に勤務する5人家族の男の家に潜り込む。フランキーは直ぐにIRAからの計画を実行に移そうとする。IRAの同志マーティンの指示で彼は判事でありながら裏では武器商人をやっているビリー.バークという人物と接触する。IRAの目的はアイルランド政府軍を粉砕するためにミサイルを手に入れることであった。フランキーはアメリカで同志ショーンと再会し、更に死んだ同志マイケルという男の妹メーガンとも出会う。一方、同居させてもらっているトムにも心を悩ませることが起こっていた。相棒エディがコソ泥を射殺してしまったのである。そして遂に妻シーラにエディの真実を証言しようかどうかを相談する。その矢先に自宅に賊が押し込む。フランキーの助けなどもあり、彼らの命は取り留める。しかし、この原因がフランキーにあることをトムは武器購入のために彼が隠していた大金から知ることになる。トムはフランキー(通称エンジェル)を逮捕しようとするが彼は事もあろうに問題の警官エディを射殺して逃走する。その後、彼をFBI、英国情報局、そして武器商人の一味が挙って追いかけるが彼らの目的を知ったトムは自分の手でローリーを逮捕しようと決意するのだが...。この作品にもフランキー演じる人気者ブラッド.ピットが出演している。それと並び立つのが主演でトムに扮するハリソン.フォードである。「スリーパーズ」のところで私は有名俳優の出演することが必ずしも面白いということに繋がらないと述べたが映画全体のバランスからすると2人の名優の絡みを前面に押し出すことが良い作品を一番制作しやすい条件のような考えがこのフィルムを見終わってそう思った。特に二人が「銃を持った者の宿命」と「家族の絆」について語る部分はセリフや両者のやり取りが秀逸であった。また、メーガン演じたナターシャ.マケルホーン(ロシア人?)のフランキーのことを案じる表情が何故か非常に印象に残った。全体の構成としては「スリーパーズ」よりまとまりがあってより楽しめた。
@タバタクの採点 4.28/5
阿部仁志、鈴木典子、斉藤建夫、石井聖孝、古賀真佐代(子供達)、地井武男、牟田悌三、松田優作、谷口香、高原駿雄、下川辰平、石井富子、原田美枝子、沢田幸弘(D)/1974/86′/97.11.1
1975年ベオグラード国際児童映画祭グランプリ(ユニセフ大賞)受賞。文部省選定。キャッチフレーズ「子どもの心に愛と希望・知恵と勇気を!」舞台は川崎の扇町小学校。当時、京浜工業地帯に属していた川崎は工場から吐き出される煤煙公害のために喘息が大問題となっていた。この学校の6年1組戸山級にも体育の授業を一人教室で綾取りをしながら待つ少女がいた。彼女の名は斉藤よし子といい、この喘息という病気のためにクラスの中で疎んじられていた。「大黒屋給食センター」という弁当屋の息子でガキ大将だった松村新太もその一人であった。しかし、何の因果か新太はある日、席替えでよし子の隣になってしまう。担任の戸山に彼は不満を伝えるが戸山は活発でサッカー少年の新太によし子を助けてくれと頼む。嫌々ながらもそれに応えるかのように新太はよし子にサッカーのゴールキーパーを強制的にやらせる。一度はこの行動を止めようとした戸山だったが自分がこれまで余りにもよし子に過保護であったと思い直す。いつもの悪ガキ仲間の二人はよし子の事を煙たがるが新太はよし子を親身になって心配し始める。実はよし子は岩手で事業に失敗した両親と一緒にこの川崎に転入してきたのだった。新太は仲間内の秘密の基地も教え、更にお互いの夢をも語る。だが、よし子は男子ばかりではなく、金持ちの綾子を筆頭に殆どの女子にも嫌われていたのだった。新太は壮んに自宅によし子を招こうとするが彼女は諸事情から遠慮する。どうしても家に招きたい新太は姉の忠告で勉強で頑張れば、彼女を呼ぶことが出来るのではないかと考える。必死に「頭の良くなる本」なども読み、勉強に打ち込む新太を事情の知らない父.長一と母は頼もしく思い、従業員の小松は逆立ちやラーメンなどで陰ながら応援する。けれど、理由を知った両親はよし子の病気のために自宅に招くことを拒む。このやりきれない思いに新太は土砂降りの中、飛び出しが例の基地も仲間の裏切りによって入り口を塞がれ、翌日に急性盲腸炎となり、病院に入院する。両親は息子の急変から戸山を訪ね、事情を把握することによってよし子を受け入れる準備をするが彼女は病院や新太の自宅を前にあと一歩を踏み出すことが出来ない。遂にその壁を破り、自分が愛するリスを持って新太を訪問する。新太は病気が回復し、よし子とも悪ガキ二人ともサッカーで再び繋がり、教室の仲間もよし子に好意的になるが九十九里浜行きのフェリーを前に彼女は岩手に転校することを告げる。そして叔父と一緒に岩手に行き、元気良く暮らしていると1ヶ月後に手紙をくれたよし子だったが...。子どもが映画の90%の時間出演しているまさしく教育作品である。大黒屋の従業員.小松役で出ていた松田優作は全編あわせても3カットくらいしか出ていない。彼に期待しているのなら相当のマニアでない限り、見ない方が良い。あくまでも主役は子供達である。ちょっと気になったのが新太の姉役で出演していた殆ど子どもの様な原田美枝子である。酷い大根役者であったがなんとなく当時から存在感はあったようである。だが、これは少なくとも大人が観賞するフィルムではない。
@タバタクの採点 2.5/5
松田優作、大門正明、河原崎健三、悠木千帆、砂塚秀夫、初井言栄、下川辰平、山本麟一、榎木兵衛、山西道広、沢田情児、玉井謙介、庄司三郎、清水国雄、佐藤蛾次郎、郷えい冶、加藤千代子、澤田幸弘(D)/1974/93′/97.11.4
浦和駅から東京・中野刑務所帰りの男が3年振りに川淵の実家に戻る。彼は本名をたけし、通称モウ(猛)といった。だが、強盗殺人未遂を起こした彼を母も姉も疎んじていた。居たたまれなくなったモウは町に昔の仲間を探しに行く。ウメ、マサ、リュウ彼らはみんなモウの出所を喜んでくれた。3人はモウに女を宛おうと夜の街に繰り出すが支払いの段階であるキャバレーと揉めてしまう。警察に捕まり、そこでも一悶着起こす4人の仲間。やっとのことで釈放されるがウメが「性事」と「政治」を勘違いし、又街頭で喧嘩をする。その後、リュウの部屋に戻った4人は寝ようとするがそこにシンコというリュウの遠い親戚に当たる若い女が訪ねてくる。そして彼女は長く帰っていない実家で父親がダム建設に反対して立て篭っているという。これは金になると踏んだモウはシンコに優しい言葉を掛ける。その一方で彼女が一緒にいるために特にウメとマサは落ちつかなくなり、それを治めるためにリュウはシンコとモウを結婚させようと提案する。即席で三三九度をあげた二人とあと3人は立ち退きの補償金をせしめるために車を盗んでシンコの実家に向かう。そこで会った彼女の厳格な父親をたくさんの酒をふるまい、酔わせて追い出してしまう。それと同時にその家の権利書をも手にする。万事うまく運んでいた5人だったがこれから先はモウとシンコの新婚生活にあてられて、3人の下半身は爆発寸前になる。その反面で村人や水資源開発公団の面々は彼らのことを苦々しく思っていた。公団は遂に地元の半田建設というヤクザ組織の会社に彼らの追い出しを依頼する。報酬はダム工事を優先的に発注するということであった。その一方で下半身が破裂寸前の3人のためにモウは事もあろうにシンコに彼らのセックスの処理を頼もうとする。断固拒否された4人は街に出て、強奪した猟銃を突きつけ、3人の女を強制連行する。そして約束手形20,000円で遂に念願のまぐわいに成功する。翌日、ウメの相手をした桜子という女から手紙が来たのは実は半田建設の罠であった。人質に取られるウメを助け出そうとするモウ以下仲間達。モウはシンコに権利書を返して、ウメの救出に向かう。そして半田の手下から彼を救い出すことに成功するがモウらの金に対する欲望は終ぞ収まることがなかった...。この映画はエンディングまで見ると「あばよダチ公」というよりは「また、こんちわダチ公」という感じである。全体的には4人(モウ-松田優作、リュウ-大門正明、マサ-河原崎健三、ウメ-佐藤蛾次郎)のダチ公が青春の欲望のままに行動するという「俺達に墓はない」と共通する骨子を持っている。ただそれと同様に低予算で制作した安易なフィルムということは否めない。娯楽作品としてはそれなりに楽しめるが映画としての完成度は低いだろう。それでも最後の場面で日活の悪役だった半田建設の社長に扮する郷えい冶の演技の雰囲気が妙に重々しくて感動した。まあ、優作ファンの皆様、暇があったらご覧下さい。
@タバタクの採点 1.42/5
マイケル.ダグラス、アンディ.ガルシア、高倉健、ケイト.キャプショウ、松田優作、小山茂、ジョン.スペンサー、ガッツ石松、内田裕也、若山富三郎、小野みゆき、安岡力也、島木譲二、ダイアン.クリッテンデン(演)、ヤン.デ.ボン(撮)、ハンス.ツィンマー(M)、リドリー.スコット(D)/1989/126′/97.11.6
オートバイのジャックナイフで金を稼ぐニック。ある日、このNY市警殺人課.ニック.コンクリンとチャーリー.ビンセントが昼食を取っていた。それをあざ笑うかのように突然日本人が乱入し、事もあろうに彼らの目の前でマフィアと会食をしていたヤクザを2名殺害した。ニックはやっとの思いでその中の一人を逮捕した。彼はこの男を思う存分取り調べようとしたが上司により日本大使館からの圧力で比奴を日本まで護送することになる。だが、日本に到着したニックとチャーリーが最初に飛行機内で引き渡した男が実は偽警官で護送した男.佐藤浩史の手下であった。彼らはこの不始末のために大阪府警に着くとニックが一番嫌う背広ヤロー.大橋部長にこっぴどく扱き下ろされる。もう一歩で彼らは帰国させられるところを免れるが松本正博という英語が堪能な警部補がお守りにつくことになる。その直後、クラブ「都」というところで殺人事件が起きる。殺害されたのは空港の偽警官の一人であった。ニックはそこにいたジョイスというアメリカ人から佐藤は前の彼のボスだった菅井と戦争中だという情報を得る。佐藤はこの捜査の状況を間近で不敵な笑みを浮かべながら眺めていた。その後に「佐藤のアジトではないか?」という情報が府警に入り、ガサ入れを行うが重要な証拠は遂に発見出来なかった。しかし、その時にニックが1ドル札を盗んだのを二人のお守り役.松本は部長に叱責を受けながらも見逃さなかった。その後、三人で「都」に飲みに来た時に松本はニックを汚い刑事と罵った。確かにニックはNYでも現在汚職刑事として取り調べを受けている事実もあった。松本はチャーリーと楽しく酒を飲み、歌を唄いながらもこの事が頭から離れてはいなかった。だが、地下街で陽気なチャーリーは佐藤とその手下と思われるバイクの男達にニックの目前で命を奪われる。失意のニックに事情を知るジョイスが手を差し伸べる。その心を察した松本もチャーリーの遺留品を持ってニックの元に現れ、ニックは警察のバッジを松本にそして遺留品の中から拳銃を選ぶ。それから再び執念で佐藤のアジトを調べ、女の服に付いているスパンコール玉を見つける。彼はこれを瞬時に都のホステスのものだと判断し、松本とその女を尾行する。その尾行中に屋台でうどんを食べながらニックは松本にNYでの汚職の真実を告げる。松本は彼に自分とチャーリーを汚すようなことがないようにと諭す。その言葉を心深く受けとめるニック。その一方で佐藤はハワイに新しいシマが欲しいと菅井に偽札の原版に関する取引を持ち掛ける。ニックと松本はこの場面を押さえて、佐藤を逮捕しようとしたが強引な捜査は大橋部長の気持ちをまたしてもかなり害してしまった。再度強制送還になるニックは三度そこから逃げ出す。直ぐに松本のアパートを訪ねるが彼は謹慎中の身でニックへの協力を頑なに拒んだ。ニックはジョイスから菅井の居場所を聞き出し、そこに乗り込む。交渉の末に菅井からライフルを受け取ったニックは佐藤との最後の決戦の場である農場近くの寺に潜むがそこには意外な人物が...。確かにこの作品では最後の空港に於けるニックに扮するマイケル.ダグラスと松本演じる高倉健のやり取りには涙が出てきた。しかもBGMの「I'LL
BE HOLDING ON」by ハンス.ツィンマー&ウィル.ジェニングスが追い打ちをかけるほど良い出来であった。しかし、それ以上に優作ファンの私としてはこれが彼の遺作となったということよりもこの狂気を持つ殺人鬼の佐藤像を作り上げたYUSAKUには脱帽するのみである。佐藤のあの表情や動きが出来る俳優は世界広しと言えども、松田優作しかいないだろう。冒頭のニックとチャーリーが昼食している所で突然佐藤が侵入してきた時には周りの風が完全に変わってしまった。注目が全て彼に行ってしまったというか目線が釘付けになったのだ。この時ばかりはマイケルもアンディも完全に脇役に回ったことは否めない。それほどに存在感が際立っていたのである。このフィルムの後に優作の尊敬するロバート.デ.ニーロとの共演が決まっていたというのも宜なるかなである。けれど、全体の映画としての雰囲気もリドリー.スコット監督がうまくまとめていたと思う。音楽も最高だ。又、大阪の街の映像がなにか日本の都市のようではなかった。(どこかアメリカの都市のような感じ)それは撮影のヤン.デ.ボン(スピードで一躍有名になった)の手腕によるものであろう。そして、安岡力也や島木譲二などの癖がある脇役達も使い方によってはハリウッドでも充分通用するような気がする。この映画に関してハリウッド作品の中では今まで以上に優作の他にも日本人が目立っていた感じがする。
@タバタクの採点 4/5
ロバート.デ.ニーロ、チャールズ.グローディン、ヤフェット.コットー、ジョン.アッシュトン、デニス.ファリーナ、ジョー.パトリアーノ、リチャード.フォロンジィ、ロバート.ミランダ、ジャック.ケホー、ジョージ.ギャロ(W)、マーチン.ブレスト(P,D)/1988/126′/97.11.8
500本目もそうだったが600本目にもやはり私の大好きなデ.ニーロを選んだ。物語はシカゴ市警をある事情で首になり現在は賞金稼ぎをするジャック.ウォルシュが主人公となる。事件の発端は賞金の主であるロスにあるマスコーン保釈金融のエディであった。ギャングの金を横領し、慈善事業に寄付した会計士マデューカス(通称デューク)を10万ドルで捕まえてくれとの依頼であった。このギャングというのがセラノというシカゴマフィアのボスであり、実はジャックとも深いつながりがあったのだ。それを示すかのようにジャックは依頼受諾の後にセラノの手下から100万円で買収されそうになるが断る。その一方でFBIのモズーリ捜査官からの取り調べも受ける。ジャックはこの時にモズーリの警察章をうまく擦り取り、これを利用して素早くデュークを逮捕することに成功する。報酬を貰うために飛行機でロスに戻ろうとするジャックは飛行機恐怖症と言い張るデュークにより列車での移動を余儀なくされる。車中で「引き渡した金で喫茶店を開く」などと夢を語るジャックと潔癖なデューク。この時に彼らを取り巻くエディ、うまく情報を入手したFBI、セラノの手下達は飛行機に存在していない二人に慌てふためいた。その後、様々な追手をすんでのところでかわし、なんとかバスでシカゴまでたどり着く。そこでジャックはデュークの助言に従い、9年間もあっていなかった別れた妻と娘に会う。ここで不足していた金を工面し、妻の優しさの印であるワゴン車で更に逃走を続ける。実はこの時ジャックに業を煮やしたエディはもう一人の賞金稼ぎマービンに仕事を依頼していたのである、しかも1/4の報酬で。ジャックはそのあともセラノの手下から逃げ、一時はマービンに捕まりそうになりながらもヒッチハイクや貨車を利用し、デュークと一緒に逃げる。この間に彼らの心の蟠りは少しづつ氷解していった。しかし、FBIやセラノの手下を巻いて貨車を降り、2度目のヒッチハイクではマービンにまんまと捕まってしまう。マービンはエディとセラノ両方を天秤に掛け、ジャックはこの窮地を冷静な判断でFBIと取引する。ベガス空港で一同が介して最後の取引が行われる...。題名「ミッドナイト.ラン」というのは二人の逃走の軌跡を表しているのと同時に自分の信念を貫くことによって不幸な立場に追い込まれたロバート.デ.ニーロ演じるジャック.ウォルシュの人生を色濃く示している。それがデュークに扮するチャールズ.グローディンとの逃走劇の中の語らいで自分の人生を再確認する。それにしても彼らに絡む人間のキャラクターが非常に明確で分かりやすかった。自分の金の事ばかり気にするエディ、意外に小心者のモズーリFBI捜査官、ドジなマービン、間抜けなセラノの手下達。また、シリアスな場面展開の中に程良いユーモアのシーンやセリフなどが更に目を惹き付けさせた。最後の空港での友情を感じさせるシーンはそれまでの逃走のドタバタとは異なり、じ〜んと心に沁みるものがあった。「来世でまた会おう!」
@タバタクの採点 4.52/5
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